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Show Me Love (Not A Dream) 〜私は弱い〜
 自分の中の矛盾による「混乱」、「泣きたいのに泣けない」、「泣き方がわからない」状態の背景には、

 ・自分で自分の気持ちがわからなくなっている。
 ・自分がしたいことを素直に表現できない。

 という2つのことがあるように思うのですが、これらは、微妙に関連し合っていて、なかなかややこしいのです。

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 シンコレ2のときのラジオ出演でHikkiは、そのあたりを、女性の立場を例に挙げて語っていました。

「やっぱ、女の子って、今本当に微妙な立場にいると思うんですけど。女性の立場とかがよくなってきてるとか言われつつも、結局男性に媚びることによって認められるっていう部分もあったりして。自分で知らないうちに、異性にウザいって思われないように、たとえば、浮気とかされても、「そんなにヤキモチ焼かないんだよね」とか言っちゃったりとか、服装とかファッションとかでもそういうことしちゃったりとか、自分をそのまんまで出せない部分が多いと思うんですけど。それをなんかだんだん…。私も、すごい若いときに年上の男性とかと付き合ったりして、大人の恋愛みたいなのをしたときに、最初は葛藤があったんですよね。なんか、大人じゃなきゃいけない自分とか、「ううん、ヤキモチそんなに焼かない」とか言っちゃったりとか。でも、それを10年とかやってると、だんだん自分で嘘の部分と本当の部分がわかんなくなってきちゃって。結局、女の子って、すごい強がっちゃうことが多いと思う。ある意味、男性よりも女性の方が強がりだと思うんですよね。だけど、べつにそんな、それは必要ないって立ち返って。すごく、最近自分でそういうとこに気づいて。弱いことは、べつに。まずでも、弱いってことを認めないと。強がってたら、なんにもならないっていうことが言いたかったんです。」(BayFM「ON8」 2010年11月24日放送)

 話し言葉なので、繰り返しや言い直しが多くて、ちょっとわかりにくいかな。要点をまとめると、

 ・女の子は、すごく強がってしまう。
 ・男性に対して媚びることで認められようとしてしまう。
 ・自分をそのまんまで出せない。
 ・だんだん自分で嘘の部分と本当の部分がわからなくなってきてしまう。
 ・まず、自分が弱いことを認めないといけない。

というようになるでしょうか。

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 この関連の話は、Twitterでのやりとりにもありました。
 Hikkiが描いた自画像が男みたいになってることに気がついたことがきっかけ。

  2010年11月3日のツイート

「やべ これ私なんだけど、自分におっぱい描くの忘れて男になってしまった」

 2010年11月4日のツイート

「どうも、女としての自覚が足りないっぽい宇多田ヒカルですぼんじゅーる“(`(エ)´)ノ彡☆ !! …自画像が無意識のうちに男性体型になるのは、もしかしたら最近仕事がんばりすぎで男っぽくなり過ぎているという危険シグナルかえ?…単なる手抜き、いや胸抜きか?(笑)」

「自分の「女性性」に目覚める前から、年上の男性ばかりの職場で同等に、もしくは指示を出す側の立場で働き出して、男性目線は発達したけど「女性性」を蔑ろにしてたと、最近気付いたよ」

「若かった私は、男目線を理解すること、男らしくあることで、周りの男性と同等になったつもりでいたけど、今思うのは、それは実は男性に媚びていたんだな、と。男ウケするファッションやキャラ作ってる女の子とは反対のことしてるつもりで、裏を返せば同じことしてたんだ、と。」

「男とか女とか関係ないじゃん!と私は思えない。実際に身体の構造や欲求が違う。誰しも女性的・男性的な部分両方持ち合わせてると思うよ、そういう性格の問題を言ってるんではなくて。自分の性を受け入れてあげること。本当の女性らしさってなにか、考えてあげること。それはいいことだと思う。」

「みんな、自分を必要としてくれる場所が欲しいだけなんだよね。でも「本当の自分」とは違う、「求められる自分」「なりたい自分」っていうのが社会や人間関係の中で出てきちゃって、「本当の自分」との間のズレ、葛藤が、ほとんどの人のストレスや不幸の原因なんじゃないかな。」

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 最後の「求められる自分」「なりたい自分」っていうのが社会や人間関係の中で出てきちゃうというのは、ついこのあいだのHikkiのツイート(2012年2月13日のツイート)ともつながりあるかもしれない。

 自分から「見よう」とせずに「見られる」ことばかり考えていると、自分が何をしたいのかがわからなくなってきてしまうってことね。

 それは、愛されたくて媚びて言いなりになるという意味だけじゃなく、自分ががんばらないとってつい頑張りすぎてしまって、結局自分が見えていなかったという意味においても言えることなんだろうな。弱い自分を認めないでがんばっちゃうのも、自分が見えてなかったことになるんですね。

 男性に囲まれた環境で若いころから仕事してきて、10年たって、今では、人を動かす立場になっている。この10年を振り返ってみたら、「女」であることを忘れて生きてきたなあと思いだすことがあった。
 それを気づかせてくれたものは「病気」や「からだの不調」だった。(2002年の手術や2008年の長野に行ったころのHikkiを思い出してみる。)
 いくら男性と同じようにがんばろうと突っ張ってみても、からだのつくりが男性とは違う。そのことを、あえて見ないようにしてきてたことで、結果的に自分のことがわかっていない自分になってしまってたと。

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 「CUT」(2009年6月号)の渋谷陽一さんとの対談で、10周年の区切りについてHikkiは、こう話しています。

 「10年間今までなんかいろんなこと――まあ、犠牲までとは思ってないけど――他のことを差し置いて音楽の仕事をひたすらやってきたわけで。別にデビューしたいとか、音楽やりたいとか思ってたわけじゃないのになんでこんなに、周りが『なんでそんなに頑張るの?』って言ってくるぐらいやってきたんだろうと思ったら、なんかやらなきゃいけない気がすごくしてたからで。自分は宇多田家本家の最後の跡取りで。女だからウチ本家終わっちゃうんですよ、わたしで。籍も結婚とかしたら変わっちゃうし、婿養子とか取らない限りわたしで終わっちゃう、と。だから、宇多田家本家最後の跡取りだみたいな感じで、なんか果たさなきゃいけない天命なのかなんだかわかんないけど、神様に与えられた天命みたいなものをうっすら感じてたんだなって最近気づいて。で、ちょうど10年っていうときに、『もう十分頑張ったから、男みたいに頑張るのはもういいよ』って言われた気がしたんですよ。それで、すごくラクになって。」

 「本家」「跡取り」とか「天命」とかって、他人の目から見たら、何を古めかしいことにこだわってるんだかって思ってしまうけど、外からの理由を重く感じる生き方をしてきていたなら、それもまた、とことん真剣な話だったのは想像つく。

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 『点-ten-』24ページでは、音楽制作において自分の役割が増えていった環境を登山にたとえていた。

「音楽制作においても、私の担う役割がだんだん増えて、ますます道なき道をもくもくと登る登山家みたいで、小さな体の中で心細さが募る一方だった。自分の、女の弱さみたいなものを認めざるをえなかった。私は男になりたいと思った。」

 これは、「人間活動」の意味も考えさせてくれる言葉です。
 今のHikkiは、もくもくと登り続けていた山を、いったん降りることにしたんだな。

 それは、自分の弱さを素直に認めることで、女としての自分の生き方を「自分で考える」ことなんだ。ただ人の言いなりになることとは違う。むしろ、積極的なことなんだと思った。

 「Can't Wait 'Til Christmas」でHikkiは、女の子の可愛らしいところを表現してみたいと語っていたけれど、そういう素直な可愛らしさを出していくのも、今のHikkiにとってのチャレンジだったのだと思える。

 「Show Me Love (Not A Dream)」が女性のHikkiファンに勇気を与えてくれるのは、Hikki自身にもこんなふうな女性としての心の葛藤があったことが曲を通して見えるからなのかもしれません。
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Show Me Love (Not A Dream) 〜紫〜
 ここからは、歌詞の内容もチェックしながら、作品の魅力や背景に迫りたいと思います。

 エキサイト(2010.11.22)のインタビュー記事によれば、「Show Me Love (Not A Dream)」のデモの段階での仮タイトルは、"PURPLE"だったそうです。仮タイトルは、あくまでも「仮」のものではありますが、完成の2年前の段階ですでに「紫」のイメージがあったことは、興味深いですね。

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 「紫」は、「青」と「赤」を混ぜた色。

 「青」は、『ULTRA BLUE』リリース時、Hikkiが一番好きな色だと言っていた。子供のときから自分が女の子であることに違和感があった(「MUSICA」創刊号 25ページ参照)「男の子」の色であり、孤独に自己の世界と宇宙の真理を探求する「内面」の色。宮沢賢治の作品世界にも「青」のイメージを感じ、「そうか〜彼も青だったのか〜」と興奮気味に語っていたのを思い出します。今のHikkiの公式サイトも、宮沢賢治ゆかりの地で撮影した青っぽい写真が使われています。

 「赤」は、「ハート」と「母性」の色かな。『HEART STATION』では、一曲目から「ブルー」なものを蹴っ飛ばし、やわらかい毛色のくまちゃんとの触れ合いの中でつくった曲をハートからハートへ届けた。『シンコレ2』のCDのパッケージの真ん中は、太陽のような赤っぽい丸い模様のデザインになっている。

 はっきりとした「赤」「青」という色でなくても、Hikkiの中には、もともと、赤っぽい色と青っぽい色の両方の色があるんじゃないのかな。メッセ「きれいなもの 暖色編」(2007.10.22)「きれいなもの 寒色編」(2007.10.23)のどっちの色も好きそうだもの。

 そういえば、『ULTRA BLUE』のジャケットは、赤い衣装を着ているし、「COLORS」や「BLUE」の歌詞のように、青っぽいものと赤っぽいものが両方出てきているものがある。

「私ね、歌詞の中に"ブルー”とか”青”が出てくる時って、自然と絵を描くような感覚で、対称になる色としてオレンジ色とか出てくるの。琥珀色の波、砂漠の夜明けからだんだん空が青くなっていく時のグラデーション、オレンジ色の夕日……。小学校の図画工作の時間に靴箱にいろんなものをノリで貼ってコラージュして、一個の風景を作り上げるって作品を作った時も、雑誌から切り抜いたサハラ砂漠とかエジプトの風景を奥に貼って、青とオレンジのものでガーッと作っちゃったし。」(「装苑」2006年8月号)

 なぜそうなるのかを考えるのは難しいけれど、自然とそうなってしまうというのなら、それがHikkiの「本質」みたいなものになってたんじゃないのかな。

 色を信号にたとえるなら、「赤」は「止まれ」というふうに、記号的に考えないといけないところですが、色そのもののイメージも確認しておいた方が、より本質的なものに迫れるような気がしたので、前置きとして、Hikkiにとっての「青」と「赤」について先に考察してみました。これについては、別のところでまた触れる予定です。

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 「Show Me Love (Not A Dream)」の歌詞の世界では、「紫」の信号が点灯しています。信号は、ふつうは「青・黄・赤」と順番に点灯していくけれど、この曲では、ずっと「紫」だけが点滅してる感じがする。「青」が「進め」、「赤」が「止まれ」なら、「紫」はどういう意味の信号なんだろう?

 「紫」の信号について、Hikkiは、こう話しています。

「要するに、自分の中の矛盾が心をどんどん疲れさせてって、エネルギーを奪っていくんだってことを言いたかったの。青信号の『行け』っていうのと、赤信号の『止まれ』っていうのが重複した気持ちが紫色なんだよね。現代社会に生きてる私達って、みんな混乱しているんだなと思ったの。泣きたいのに泣けない、泣き方が分からないってヤバくない? 泣くってさ、食べるとかトイレに行くっていうことと同じくらい大事なことなのに、それが出来ないって、脳で考え過ぎちゃってるんだろうな」(「エキサイト」2010.11.22)

 どうやら、紫の信号が点灯してるのは、「矛盾」や「混乱」を意味しているらしい。
 歌詞の中にも「矛盾に疲れて」とあります。

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 このエキサイトのインタビューは、すごく重要なことが語られているのですが、Hikki個人の話と一般的な話が入り混じってて、ちょっとややこしい。整理してみると、次のようになるでしょうか。

 ・自分の中の矛盾が心を疲れさせ、エネルギーを奪っていく。
 ・青信号の『行け』と、赤信号の『止まれ』が重複した気持ちが紫色。

 ・現代社会に生きている私達は、みんな混乱している。

 ・泣きたいのに泣けない、泣き方が分からないってヤバくない?
 ・泣きたいのに泣けないのは、脳で考え過ぎちゃってるから。

 「泣きたいのに泣けない、泣き方が分からない」というのは、ここだけ読むと唐突に出てきてるように見えますが、これまでのHikkiの発言を振り返ってみれば、ママが悲しむから泣かない子供になった(「Cut」2009年6月号、『点-ten-』7ページ参照)という、過去のHikkiの話を連想させます。誰にも共通する話として語りつつ、Hikki個人の体験が背景にあるのは間違いなさそう。

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 「混乱」というと、「WILD LIFE」のライブの冒頭部分、制御不能になった宇宙船の中で、汗マークのくまちゃんがあたふたしてた姿が頭に浮かびます。

 Hikkiの個人的な話の整理も含めて、次回は、この「混乱」の意味について考えてみることにしましょう。
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Show Me Love (Not A Dream) 〜「人間活動」に至る道筋(2)〜
 「嵐の女神」のときの考察で、Hikkiがひどく疲れていたのは、2008年の夏から秋にかけてじゃないかと想像してみたわけですが、この時期に長野に行ってることは、重要なポイントですね。

 FM802のラジオ出演(2010年11月23日放送)でHikkiは、それまでのままじゃいけないという危機感を感じるようになったきっかけについてこう語っています。(やり取りを文字起こししてみました。)

「 Hikki:このままいくと、50歳ぐらいになって、マネージャーとかスタッフなしじゃ生きられないような人間になってるんじゃないのっていう…。っていうか、そうなりつつあった自分がすごい怖くなって、それって、かなりカッコ悪いなと思って。

  DJ:それって、けっこう前から考えてたんですか?何かきっかけがあって気がついたと。

  Hikki:うーん、まあ、この一、二年考えてたことですね。きっかけ…何だろう?まあ、なんか友達の田舎の家とかに行くようになったりとかして、田んぼとかでこう赤ちゃん一人背負って、もう一人子供がそばで遊んでたりする私と同い年の女の子とかと話したりとかもして、なんか相当ちっちゃい中でウダウダやってたなっていう気がして。」

 赤ちゃんを背負って農作業する女性のことは、長野に行ったことを報告してくれたメッセ(「説明しよう」2008.9.29)にも「赤ちゃんを背中にしょって農作業をするたくましく美しい女たちと楽しくおしゃべりしながら」とか「小さい子を二人連れて、尚、背中に赤ん坊をしょって農作業をしてる若い女たちへのリスペクト」とかって書いてあった。FM802で言ってた話も、たぶん長野に行ったときのことなんだろうな。

 長期の休みはなかなかとれないHikkiも、短期間の休日はとれたんですね。逆にいえば、もう休まないとどうしようもないぐらい調子が悪かったんだろうか。このとき、初めての場所に一人で訪ねていったこと自体が、すでに一つのチャレンジだったような気がする。そのときはまだ、Hikki自身にもその意味はよくわかっていなかっただろうけど。長野に行ったことが、のちのHikkiに大きな影響を与えたことは間違いなさそう。

 私は、特に、このとき知り合った「女たち」との交流に注目します。Hikkiにとっては、これが、「母」も含めた「女性」としての生き方を考える重要なきっかけになったんじゃないかなと。

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 2008年秋から2009年にかけてというと、Hikkiの10周年記念の時期でもあったわけですが、あのときは、ファンの目から見ても、派手なイベントはなく、意外とあっさりした10周年だったなという印象でした。でも、その方がHikkiらしいなという受けとめ方で、特に変だとも思ってなかったです。

 でも、このときHikkiがどういう気持ちでいたかは、やっぱりわかっていなかった。「10周年のときは初めて危機感を感じてた」というこのヤフーのインタビューを読むと、ちょっとびっくりさせられます。

「10周年のときは、内輪の友だちだけ呼んで誕生日祝いをやった……、みたいな感じだったかな。節目ってさ、迎えたときがメインじゃなくて、節目のあとに何が来るかなんだよね。あとで何か変化が来る、みたいな? でも、何が来るかはわからない。だってまあ、ただやってれば10周年までは迎えることができるんだろうけど、そのあとどうするかだからね。普通は記念コンサートとかいっぱいシングル出したりとかするんだろうけど……、そういうテンションではなかったっていうか。それどころではなかった……かな。なんだろ、すごい普通に、女性としてというか、いち人間として、けっこうキツいタイミングだったから、このまま行ったらヤバい、いままでのやり方じゃダメだ、ちょっと立て直さないとって、初めて危機感を感じてたの。でも、“疲れちゃった”っていうのは、適切な表現ではないかもしれない。逆にいいエネルギーは出てたのね。ただ、そのエネルギーを何に向けたいかっていう問題で……。なんかこう、いろんなことをリセットしたかったんだと思う」(「Yahoo!ミュージックマガジン」 2010年11月24日)

 この時期Hikkiが何を考えていたか、私たちには知りようがなかった。それも、Hikkiが何かを隠していたわけじゃなく、Hikkiにもうまく説明できないことだったんでしょうね。

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 10周年のイベントの中で大きかったのは、『点-ten-』の執筆。この時期にこれを書いたことで見えてきたものはいっぱいあったはず。

 ただ、その見えてきたものを形にするには、やはり、時間がかかるものなんだろうな。
「嵐の女神」と「Show Me Love (Not A Dream)」の曲の完成も、すぐにというわけにはいかなかったようで。

 2009年は、Utadaのアルバムのプロモーションを病気で中断することになって以降は、しばらくHikkiの情報が途絶えていた。

 夏には、ホノルルでUtadaのファンミーティング、そして、Utadaカラオケコンテストの優勝者とのカラオケ大会があった。このときには、Utadaプロモーション時にやせ細っていたからだもふっくらと戻ってきていて、健康そうに見えた。そのことにほっとしたものです。

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 ドイツ人のエンジニアさんに新曲をかっこよくミックスしてもらってたのは、2009年10月。これが「Show Me Love (Not A Dream)」の原型だったと思われる。このときも、結局曲は完成しなかった。

 そこからまた一年ほどたって、ようやくシンコレ2収録の新曲として完成。
 シンコレ2のインタビューの中には、このエンジニアさんのこともちょっと出てきていた。

 「『Show Me Love〜』なんて、ドイツ人のエンジニアの人も“前より声が出てる!”“まるで違う曲になった!“って、ワッショイワッショイって感じで、ガーッとミックスしてた(笑)。『嵐の女神』も『Show Me Love 〜』も、中途半端になるのが一番恥ずかしい。中途半端で終わると一番カッコ悪いし、行き切れてないと思うのね。だから、今回は、“行き切れた!”って胸を張って言いたい!」(「月刊ソングス」2010年12月号)

 未完成だったときの形がどうだったのかは想像するしかないけれど、歌詞を書き換えたあとの曲では「声が出て」いて、Hikkiにも「行き切れた」手応えがあったということなんですね。歌詞の内容が歌い方にも変化を与えたというところが興味深いです。その変化は、「WILD LIFE」の歌唱にも反映されているように思います。
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Show Me Love (Not A Dream) 〜「人間活動」に至る道筋(1)〜
 さて、ここからは、「Show Me Love (Not A Dream)」を何回かに分けてじっくり考察していきたいと思います。

 最近は、このブログも、月に一回ぐらいの更新になってるかな。長らく間があいてしまって、申し訳ない。自分としては、今はこのぐらいのペースがちょうどいいみたいで。Hikki休業中は、私も休みたいのかなあ。なんだかこの数年バタバタ忙しすぎて、からだが弱ってたことは確か。とはいっても、毎日ネットには登場してるし、Hikki関連の情報もそのつどチェックはしてるから、何もしてないわけではないんですけどね。むしろ、これまで時間がなくてあまりできなかったようなことをやっておきたいなと思って、PCの中のファイルを整理したり、過去のHikkiのメッセやインタビューなどを丁寧に見直していったりという作業をやっていってます。私の場合、Hikkiのことを考えるのは、Hikki以外のことへの興味ともつながってるので、この機会に、ずっと以前から関心を持っていたことや未知の分野への興味も掘り起こしながら、世界のことを考えたり、自分のことを見直したりしてみようかなと。Hikkiが横アリで「みんなも自分を大切に」と言ってくれたことを思い出しては、今やるべきことは何なのかなと問い直す日々です。

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 「Show Me Love (Not A Dream)」は、私にとって、シンコレ2の新曲の中では、一番自分に近い曲だなあ。初めて聴いたとき、ほんの一部音を耳にしただけで一瞬で気に入っちゃってました。
 この曲は、私自身のテーマソングにもなり得るような曲。だから、Hikkiの気持ちになって涙するというような聴き方はしなかった。

 クールなのに熱くて、力強いのに繊細。そういう微妙なものを隠さないスタイルは、曲を聴いてる自分の内面からたちのぼってくるものにも「勇気」をもらえる。私にとっては、いい意味で、自分も力出していこうと思わせてくれる曲なんですよね。

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 「嵐の女神」「Show Me Love(Not A Dream)」の2曲は、過去にデモのレコーディングをしていて、一応完成っていうところまでいってたという話は、以前「嵐の女神」のところでかなり詳しくみていきました。頭の整理のために、軽くこれまでのおさらいをしておこうかな。
 「Show Me Love (Not A Dream)」がいつごろつくられ始めて、ここまでにどういう経過があったのか。私たちにはHikkiの話から想像するしかないけれど、ある程度整理しておいた方が、話が進めやすいように思います。

 ということで、過去に書いたこちらの記事を参照してくださいませ。我ながら、時間かかる作業、よくまとめたなあ(笑)。書いてあることは、あくまでも、私の仮説ですがね。
 
 嵐の女神(2) 〜 時間 〜
 嵐の女神(4) 〜 自分を大切に 〜

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 「Show Me Love(Not A Dream)」関連のHikkiのインタビューを読み直してみて気がつくのは、この曲は、Hikkiの「人間活動」とすごく深くつながってる曲だなあということです。

「たとえば、私が「休むのも大変」って思ってるのって、「もしかしたら私が勝手に自分に押し付けていた条件じゃね?」「もしかしたら休むってすごい簡単な事じゃね?」「ひと言周りに、や・す・み・た・い・で・すって言えばいいんじゃね?」、みたいな。取っ払うのって簡単なようで簡単じゃないけど、先に行かないと苦しさはなくならないし、何も改善しないなと思って。」(「you music」2010年12月号)

 インタビューのこの部分を最初見たときは、なんで「Show Me Love (Not A Dream)」の話のところで「休む」話が出てくるのかなって、ちょっと不思議だったんですが、そういえば、この言葉とそっくりなのを以前も見たことあるなあと思い出しました。

 それは、このメッセ。

「なんだか自分のことも考えさせられた!
 仕事が大変すぎて休みたくなったら、休めばいいんじゃね?
 やる気がない時は、なにもしなければいいんじゃね?
 そんな心持ちで、自分の感覚に素直に、自然に生きることって大事だなと思った。無理するよりも、勇気がいるかもしれないね。」(「3月病」2009.3.10)

 ね?言い回しからしても、「Show Me Love (Not A Dream)」のところのインタビューにあったものとそっくりじゃないですか。
 
 2009年の3月ごろというと、アメリカの方のアルバムの仕事と『点-ten-』『線-sen-』の編集長の仕事と新曲のレコーディングが重なって、かつてないぐらい多忙をきわめていた時期。

 2009年2月23日のメッセにあった新曲のレコーディングで「Show Me Love (Not A Dream)」の原型になった曲もレコーディングしていたとしたら、この曲とHikkiの「休みたい」気持ちとがどこかでリンクしていたのかなあなんてことを妄想しました。

 のちのHikkiの「人間活動」ともつながりある曲なのだとしたら、この曲を読み解いていくことが、そのままHikkiの人間活動への理解にもつながっていくんじゃないのかなという気がしてます。
 ということで、次回も「人間活動」関連の話の続きです。
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おおもとへ還る
 「胎内」という言葉は、WILD LIFEで使うイヤモニの型取りをしたときのHikkiのツイート(2010年9月30日)に出てきていました。

 「自分の呼吸と心臓の音、骨から伝わる音だけだ。外の音がほんの少し、聞こえる。水に潜ってる時に似てるかも。お母さんの胎内に居た頃ってこんな感じで周りの会話とか音楽が聞こえてたのかな?」(2010.9.30 18:50:37)

 肌色みたいなオレンジみたいな赤みたいな色って、Hikkiの好きな色のうち、暖色系の色ということになるかな。メッセにもあったこんな色。そういえば、砂漠の砂の色やモディリアーニの裸婦の絵の色やくまちゃんの毛の色も、なんとなく肌色系統のような。あったかくてやわらかい色。
 「HEART STATION」のときに「世界で一番好きな歌」で「何回繰り返し聴いても”ああ〜”って毎回泣いてる」(「CDでーた」2008年4月号27ページ)と言ってたコクトー・ツインズの「Pink Orange Red」という曲の題名も、この系統の色だなあ。
 この色にHikkiは何を見ていたのか。そこは、簡単に答えを出してしまいたくはないけれど、今の私に見えるものは、大事にしたい。

 今年1月に放送されたNHKの特番「宇多田ヒカル 〜今のわたし〜」で、Hikkiは、「Goodbye Happiness」のケルティックコーラスについて、こんなふうに言ってました。

 「このGoodbye Happinessの「アアア〜アアア〜」っていうメロディーに関しては、なんかこう「私じゃない」って思って。なんか懐かしさとか、ちょっと夢の中のようなこの感じって。もっとこう、しかも、歴史がある感じ。いろいろ考えた結果、ケルト文化っていうのにたどり着いて」「やっぱりルーツを。ルーツがはっきりしてるというか、何かの真似をしてるわけではないし、どこかから持ってきた、借りてきたものではないし。すごくきれいでしたね。」

 「懐かしさ」、「ルーツ」という言葉が印象的です。

 「WILD LIFE」DVD/Blu-ray収録のインタビューでも「地球に還るとか、生命に立ち返るというか、生命を考えるとか、そういうテーマが私の中にあって」と語っているように、Hikkiの中には、何かに「還る(帰る)」流れができていた。
 それは、おかあさんのお腹の中に還るイメージでもあり、生命のあり方やものごとの本質、音楽のルーツみたいなものも含めての普遍的な何かに立ち返るという意味でもあるでしょうか。
 「ありのままで生きて」いこうとすることであり、「大切な人を大切に思う」というようなことであり…。
 ゼロからの出発をしたいと言って「人間活動」に入っていったHikkiの思いも、そこらへんにあるように思えるのです。
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恐怖
 アルバム「ULTRA BLUE」と同様に「WILD LIFE」でも「Eclipse」の後に「Passion」という並びになっている。そこには、Hikkiの考えがきっと反映されてるはず。

 「ULTRA BLUE」の「Eclipse(Interlude)」については、Hikkiはこんなふうに話していました。

 「”日蝕”ですね。音で私が表現したかったのは、グルングルンと得体のしれないものが迫ってくる恐怖感っていうか、怒りっていうか。私自身、怒りみたいなもので戦車みたいに進んでる感じがして。」「この曲はどうしても「Passion」の前に置きたかったんだよね。」(「ワッツイン」2006年7月号)

 「『Passion』は、私の岐路になった歌で、いろんな意味で浄化してくれた曲なんですよ。この曲の前に『Eclipse(Interlude)』が入ってるんだけど、”Eclipse”というのは日食や日食の”食”のこと。今でこそみんな原理をわかってるから日食に神秘的な美しさを感じるけれど、昔の人は本当にそれを恐れていたでしょう?神のお怒りじゃ、みたいに(笑)。その言い知れぬ恐怖のあとに、天照大神が岩から出てくるようにサーッと光が射す。そんなふうに『Passion』を聴いてほしかったんだ。怖くないよ、って」(「ぴあ」2006年 5/18ー5/31)

 怒りや恐怖の状態から光が姿をあらわすイメージ。
 この「怖くないよ」っていうのが、私にはすごく大事に思えるんですよね。

 太陽が隠されるって、どういうことなんだろう?
 「Another Chance」の歌詞にも、「太陽がかくされて」知った「弱さ」というのが出てくる。これも、青空への恐怖と同様に、「ずっとそこにあることが信じられない」感覚と関係あるんじゃないのかな。

 Hikkiは以前、自分が曲をつくる原動力は「恐怖」と「哀しい」と「暗い」なんだと話していた。(「Invitation」2006年5月号)ちっちゃい頃に世界にビクビクしていた時期があった。

 人の人生を勝手に解釈することにはいつも心の痛みがあるのだけど、これについてはHikki自身が何度もインタビューで話しているから、それをそのまま私も受け取ることにします。

 ある日突然おとずれる環境の激変に対して無力だった子供時代に心の中に植えつけられた恐怖。母親の無償の愛のようなものを無条件に信じたりしないHikkiがいた。

 Hikki自身がたどってきた心の軌跡として、「恐怖」と向き合うチャレンジは、何度も行われてきた。「Passion」のときに、浄化されたものを感じていたHikkiも、そのとき完全に恐怖や弱さを克服したわけじゃなかったんだろうな。子供時代に心にしみついた感覚は、そうすぐには全部乗り越えたり克服したりできるものではない。

 それだけに、シンコレ2で過去の自分を自分で抱きしめられるようになったことが、どれほど大きな変化であることかと、改めて感じるのです。

 「嵐の女神」のときに向き合っていた「恐怖」のことも考え合わせると、「WILD LIFE」の「Eclipse」から「Passion」への流れは、今に至るまでのHikkiの心の表現にも思えて、感動します。
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太陽
 今年の6月22日のグッドデザインカンパニーのツイート(2011.6.22 12:39:16)も、「天照大御神」「岩戸」というのが、Hikkiとつながりあるつぶやきじゃないのかな。ジャケットのデザインをするにあたって、Hikkiからそういう話も聞いていたんじゃないかなと想像。

 「WILD LIFE」DVD/Blu-rayのボーナスコンテンツ「"WILD LIFE -Behind The Scene-"」を見てみると、舞台監督の名鏡さんとのやりとりで、Hikkiが天照大御神の話をしていて、興味深かった。

 「Passionって、天照大御神みたいなイメージですかね。だから、岩の中に隠れちゃってた天照大御神が出てくるみたいな感じで、一瞬最後だいぶ暗くなってるとこに光が。これが太陽としたら、だんだん・・・本当に日食が終わるときみたいにはできないだろうけど・・・イメージでいうと、本当に日食が終わるときみたいにここから光がこう見えてきて、だんだんこうなってって、こうなってって、半分になってこう全体になっていくっていう。」

 「WILD LIFE」の中盤、衣装替えしたばかりのHikkiが登場する場面の演出。あの舞台の上の大きなセットは、太陽なんですね。「Eclipse」で日食になって、一瞬真っ暗になる。そのあと「Passion」でHikki登場。そのときの舞台の照明の様子が本編の映像ではちょっと見えにくいのが残念なんですが、いっぺんに明るくなるんじゃなく、舞台の端っこからまず真ん中あたりまで光が差して、そのあとそれが広がって、舞台全体が明るくなっていく光の流れが、実に美しいです。

 「"WILD LIFE -Behind The Scene-"」の名鏡さんとの会話には、どん帳の布地の話のところで、「胎内に戻ったみたいな肌色の感じ」というHikkiの言葉も出てくるんですが、これはたぶん照明のことじゃないかな。開演前の舞台は布で覆われてましたが、会場全体がなんとなく肌色っぽい色に見えてましたよね。

 ここで、「胎内」という言葉に注目。Hikkiにとっての肌色は、おかあさんのお腹の中のイメージだったんだなあ。
 シンコレ2のパッケージデザインも、外は宇宙で、開けると、あったかい胎内の映像のような、肌色みたいなオレンジみたいな赤みたいな色になってて、太陽のようにあったかいとこにパーッって吸い込まれるような感じになってるということだった。

 宇宙のように360度客席とつながったステージの真ん中に太陽がある横浜アリーナの舞台セットと外が宇宙の絵で中を開くと太陽の写真になってるシンコレ2のジャケットデザインが、見事に重なる。
 そんなふうにして見ると、うわーーって、なんともいえない気持ちに包まれます。
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シンコレ2のジャケットデザイン
 初回盤の2枚のディスクがおさめられているCDケースのデザインについて、もう少し詳しく見ていくことにしましょう。Hikkiがものすごく気持ち込めてつくったものだし、もっとそこも注目されていいんじゃないかなと思うのです。

 ジャケットの外側は、黒い宇宙のデザイン。これは、写真ではなく、絵なんですね。メッセ「今の気持ち」(2010.10.25)でも、ツイート(2010.10.25 12:00:19)でも、Hikkiは「宇宙の絵」という表現をしています。ジャケットを遠目に見ただけだと写真にしか見えないけれど、同じデザインのWILD LIFEのグッズのマグカップを見たら、それが絵であることがよくわかります。ところどころに金色に光る星が混じってるのが、きれい。

 CDパッケージを開くと、中が三面になってて、歌詞カードを取ったら、丸くて赤っぽい輪のようなものが3つ並んだデザインになっています。CDの形に合わせたもののようだけど、それぞれ丸の形が違う。ジャケットを閉じて収納するときにその3つの輪が重なってる図を想像してみる。

 「今回、ジャケットを決めるときに初めてコンペをやったの。で、中が太陽の写真を撮り続けている写真家が撮った、本当の太陽の写真なのね。で、その太陽の温かい感じ、人間の体内みたいな色が、CDをパカっと開けると『御来光!』みたいな感じで!しかも、その中にある2枚のCDが、裏と表でお互いを受け入れ合おうとしている姿のドキュメントみたいな感じ?もうね、これは素晴らしいパッケージじゃないかと(笑)」(「ワッツイン」2010年12月号)

 「外は宇宙で、開けるとこうなんかああいうあったかい体内とかの映像とか、ああいう肌色みたいなオレンジみたいな赤みたいなとか、太陽とか、そういう、あったかいとこにパーッって吸い込まれるような感じにしたくて、あのデザインになってるんですけど。すごく打ち合わせを重ね、デザインを何回も何回もいろいろやって、これでとか、ああこっちがとか、ここはどうするとか、すごいいろいろ考えてやったんですけど。今までで一番気合いの入ったジャケットですね。」「初回限定のパッケージというのが初めてで、その分特別な何かをつくれるっていうことで、デザイナーさんとかもすごいみんながんばってくれて、みんなでいろいろああだこうだ考えて、今までで一番アートディレクションとして私が直接かかわったCDですね。でき上がってサンプルが来たときに、ディレクターさんとかスタッフとかデザイナーさんとで、おおーっ!鳥肌が…みたいな。なんか感慨深くて。」(「SPACE SHOWER TV × スカパー!宇多田ヒカルコンサート“WILD LIFE” 事前放送特集」2010年12月30日 )

 中の丸いのは、太陽の光なのですね。外側の宇宙の絵と、中の太陽の写真と、ディスク1とディスク2が互いに受け入れ合おうとしてる形と。それら全部が、Hikkiにとって意味深いデザインになっているんだなと想像されます。

 シンコレ2のジャケットデザインを手がけたのは、水野学さんが代表を務めておられるグッドデザインカンパニー(good design company)。(先日ゆるキャラグランプリで1位に輝いたくまモンもgdcがデザインしたものだったのね。)

 今年の初めごろ、gdcのTwitterで、代表の水野さんでしょうか、何度かHikki関連のこともつぶやいておられて、かなり参考になりました。

 「宇多田の「宇」だから「宇宙」だけじゃなく、「光」を突き詰めて考えると、太陽などの「恒星」つまり「星」に辿り着いた。そして、今まで応援してくださったファンの皆さんに星空をプレゼントして、感謝の気持ちを伝えようということになった。」(2011.1.5 11:33:29)

 「(そろそろ…でもネタバレしないように…)宇多田ヒカルさんのシングルコレクションVol.2の中面に使用している「アレ」は、片桐飛鳥さんの「光」の「写真」なんです。オリジナルのプリントは更に美しかった。」(2011.15 11:33:34)

 同じ日の13:31:25のツイートにある「21_21 Second Nature に出展されてた片桐さんの光の写真」というのは、これかな。片桐さんのサイトでも、いくつか丸い光の写真を見ることができますね。片桐さんのブログの記事も、今年の1月にたくさん更新されていて、何かインスピレーションを刺激されるHikkiとのやりとりがあったのかな、なんてことも妄想しちゃいました。

 宇宙の「宇」は「宇多田」の「宇」ということで、星の「光」をファンにプレゼントしてくれたものがあのデザインだったんだ。プレゼントというのが、いいなあ。

 「宇宙」というと、HikkiのTwitterアイコンにもなってるあの片手を高く上げてる写真は「宇宙にぼんじゅーーーる!」ということでしたね。
 次回は、CDのジャケットデザインのことも含めて、Hikkiにとっての「宇宙」について、さらに考察していきたいと思います。
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