自分の中の矛盾による「混乱」、「泣きたいのに泣けない」、「泣き方がわからない」状態の背景には、
・自分で自分の気持ちがわからなくなっている。
・自分がしたいことを素直に表現できない。
という2つのことがあるように思うのですが、これらは、微妙に関連し合っていて、なかなかややこしいのです。
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シンコレ2のときのラジオ出演でHikkiは、そのあたりを、女性の立場を例に挙げて語っていました。
「やっぱ、女の子って、今本当に微妙な立場にいると思うんですけど。女性の立場とかがよくなってきてるとか言われつつも、結局男性に媚びることによって認められるっていう部分もあったりして。自分で知らないうちに、異性にウザいって思われないように、たとえば、浮気とかされても、「そんなにヤキモチ焼かないんだよね」とか言っちゃったりとか、服装とかファッションとかでもそういうことしちゃったりとか、自分をそのまんまで出せない部分が多いと思うんですけど。それをなんかだんだん…。私も、すごい若いときに年上の男性とかと付き合ったりして、大人の恋愛みたいなのをしたときに、最初は葛藤があったんですよね。なんか、大人じゃなきゃいけない自分とか、「ううん、ヤキモチそんなに焼かない」とか言っちゃったりとか。でも、それを10年とかやってると、だんだん自分で嘘の部分と本当の部分がわかんなくなってきちゃって。結局、女の子って、すごい強がっちゃうことが多いと思う。ある意味、男性よりも女性の方が強がりだと思うんですよね。だけど、べつにそんな、それは必要ないって立ち返って。すごく、最近自分でそういうとこに気づいて。弱いことは、べつに。まずでも、弱いってことを認めないと。強がってたら、なんにもならないっていうことが言いたかったんです。」(BayFM「ON8」 2010年11月24日放送)
話し言葉なので、繰り返しや言い直しが多くて、ちょっとわかりにくいかな。要点をまとめると、
・女の子は、すごく強がってしまう。
・男性に対して媚びることで認められようとしてしまう。
・自分をそのまんまで出せない。
・だんだん自分で嘘の部分と本当の部分がわからなくなってきてしまう。
・まず、自分が弱いことを認めないといけない。
というようになるでしょうか。
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この関連の話は、Twitterでのやりとりにもありました。
Hikkiが描いた自画像が男みたいになってることに気がついたことがきっかけ。
2010年11月3日のツイート
「やべ これ私なんだけど、自分におっぱい描くの忘れて男になってしまった」
2010年11月4日のツイート
「どうも、女としての自覚が足りないっぽい宇多田ヒカルですぼんじゅーる“(`(エ)´)ノ彡☆ !! …自画像が無意識のうちに男性体型になるのは、もしかしたら最近仕事がんばりすぎで男っぽくなり過ぎているという危険シグナルかえ?…単なる手抜き、いや胸抜きか?(笑)」
「自分の「女性性」に目覚める前から、年上の男性ばかりの職場で同等に、もしくは指示を出す側の立場で働き出して、男性目線は発達したけど「女性性」を蔑ろにしてたと、最近気付いたよ」
「若かった私は、男目線を理解すること、男らしくあることで、周りの男性と同等になったつもりでいたけど、今思うのは、それは実は男性に媚びていたんだな、と。男ウケするファッションやキャラ作ってる女の子とは反対のことしてるつもりで、裏を返せば同じことしてたんだ、と。」
「男とか女とか関係ないじゃん!と私は思えない。実際に身体の構造や欲求が違う。誰しも女性的・男性的な部分両方持ち合わせてると思うよ、そういう性格の問題を言ってるんではなくて。自分の性を受け入れてあげること。本当の女性らしさってなにか、考えてあげること。それはいいことだと思う。」
「みんな、自分を必要としてくれる場所が欲しいだけなんだよね。でも「本当の自分」とは違う、「求められる自分」「なりたい自分」っていうのが社会や人間関係の中で出てきちゃって、「本当の自分」との間のズレ、葛藤が、ほとんどの人のストレスや不幸の原因なんじゃないかな。」
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最後の「求められる自分」「なりたい自分」っていうのが社会や人間関係の中で出てきちゃうというのは、ついこのあいだのHikkiのツイート(
2012年2月13日のツイート)ともつながりあるかもしれない。
自分から「見よう」とせずに「見られる」ことばかり考えていると、自分が何をしたいのかがわからなくなってきてしまうってことね。
それは、愛されたくて媚びて言いなりになるという意味だけじゃなく、自分ががんばらないとってつい頑張りすぎてしまって、結局自分が見えていなかったという意味においても言えることなんだろうな。弱い自分を認めないでがんばっちゃうのも、自分が見えてなかったことになるんですね。
男性に囲まれた環境で若いころから仕事してきて、10年たって、今では、人を動かす立場になっている。この10年を振り返ってみたら、「女」であることを忘れて生きてきたなあと思いだすことがあった。
それを気づかせてくれたものは「病気」や「からだの不調」だった。(2002年の手術や2008年の長野に行ったころのHikkiを思い出してみる。)
いくら男性と同じようにがんばろうと突っ張ってみても、からだのつくりが男性とは違う。そのことを、あえて見ないようにしてきてたことで、結果的に自分のことがわかっていない自分になってしまってたと。
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「CUT」(2009年6月号)の渋谷陽一さんとの対談で、10周年の区切りについてHikkiは、こう話しています。
「10年間今までなんかいろんなこと――まあ、犠牲までとは思ってないけど――他のことを差し置いて音楽の仕事をひたすらやってきたわけで。別にデビューしたいとか、音楽やりたいとか思ってたわけじゃないのになんでこんなに、周りが『なんでそんなに頑張るの?』って言ってくるぐらいやってきたんだろうと思ったら、なんかやらなきゃいけない気がすごくしてたからで。自分は宇多田家本家の最後の跡取りで。女だからウチ本家終わっちゃうんですよ、わたしで。籍も結婚とかしたら変わっちゃうし、婿養子とか取らない限りわたしで終わっちゃう、と。だから、宇多田家本家最後の跡取りだみたいな感じで、なんか果たさなきゃいけない天命なのかなんだかわかんないけど、神様に与えられた天命みたいなものをうっすら感じてたんだなって最近気づいて。で、ちょうど10年っていうときに、『もう十分頑張ったから、男みたいに頑張るのはもういいよ』って言われた気がしたんですよ。それで、すごくラクになって。」
「本家」「跡取り」とか「天命」とかって、他人の目から見たら、何を古めかしいことにこだわってるんだかって思ってしまうけど、外からの理由を重く感じる生き方をしてきていたなら、それもまた、とことん真剣な話だったのは想像つく。
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『点-ten-』24ページでは、音楽制作において自分の役割が増えていった環境を登山にたとえていた。
「音楽制作においても、私の担う役割がだんだん増えて、ますます道なき道をもくもくと登る登山家みたいで、小さな体の中で心細さが募る一方だった。自分の、女の弱さみたいなものを認めざるをえなかった。私は男になりたいと思った。」
これは、「人間活動」の意味も考えさせてくれる言葉です。
今のHikkiは、もくもくと登り続けていた山を、いったん降りることにしたんだな。
それは、自分の弱さを素直に認めることで、女としての自分の生き方を「自分で考える」ことなんだ。ただ人の言いなりになることとは違う。むしろ、積極的なことなんだと思った。
「Can't Wait 'Til Christmas」でHikkiは、女の子の可愛らしいところを表現してみたいと語っていたけれど、そういう素直な可愛らしさを出していくのも、今のHikkiにとってのチャレンジだったのだと思える。
「Show Me Love (Not A Dream)」が女性のHikkiファンに勇気を与えてくれるのは、Hikki自身にもこんなふうな女性としての心の葛藤があったことが曲を通して見えるからなのかもしれません。